『噛みあわない会話と、ある過去について』読了

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噛みあわない会話と、ある過去について 辻村 深月著

噛みあわない会話と、ある過去について

噛みあわない会話と、ある過去について

 

 

読んだきっかけ

よく行く本屋さんで目立つところに並んでいて、帯の“怒りは消えない。それでいい”に惹かれて購入した。
以前noteで書いたことがあるのだが、私は人に悲しい思いや嫌な思いをさせられた記憶を忘れにくい方だと思っている。ただ、忘れたいかと聞かれるとそれは少し違っていて、ただ覚えておくのがわたしなりの供養なのだ。

こういった気持ちを抱えている私にとって、“怒りは消えない。それでいい”なんて言われたら読まずにはいられない。

 

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おもしろいところ

本作は、「ナベちゃんのヨメ」、「パッとしない子」、「ママ・はは」、「早穂とゆかり」の4つの短編から成っている。どれも、タイトルの通り、噛み合わない会話、過去のできことがテーマとなっている。

生きていると誰かの何気ない一言に傷つけられたり、逆に、自分の何気ない一言で誰かを傷つけていると思う。そういった少し背筋が凍るような瞬間を巧みに描いた作品だ。人間関係の絶妙さや、既視感を覚えるような心理描写は辻村 深月さんの手腕に脱帽だ

 

あらすじと感想

「ナベちゃんのヨメ」

身の回りに「男友達といるよりも女友達といるほうが気楽なんだ」なんて言う物腰の柔らかい男性はいないだろうか。「ナベちゃんのヨメ」はそんな中性的な男性ナベちゃんが主人公話だ。
これは私の経験による持論だが、「男友達といるよりも女友達といるほうが気楽なんだ」という男性で、恋愛対象が女性である男性は、人一倍女性にモテたくて仕方がないんじゃないかと思っている。

実際に、主人公ナベちゃんも女友達と関わる中で下心があったのだ。また、周りの女友達もそんなナベちゃんの下心に気がついていたが、見て見ぬ振りをしつつ、時に都合よく利用しつつ過ごしていた。

ある日、ナベちゃんが紹介してきた婚約者が一癖ある女性だった。ナベちゃんの婚約者に会ったあと女友達は、当然のようにナベちゃんの婚約者を非難するが…。

 

「パッとしない子」

「ねえ、教頭先生に聞いたんですけど、松尾先生って高輪佑くんの担任だったって本当ですか?」

教え子が人気アイドルになった教師、松尾先生と、松尾先生に恨みを持つ人気アイドル高輪佑の話だ。そんな高輪佑が番組の撮影で、松尾先生が働く母校を訪れた。

撮影の後に、高輪佑は話したいことがあると松尾先生を呼び出し、こう問いかける「先生、ぼくのことを、当時はパッとしない子だったって、あちこちで言ってるって本当ですか?」ここから冷たい刃のような言葉で、高輪佑の過去の恨みたちが淡々と語られていく。

記憶は曖昧なもので、都合よく書き換えられてしまうものだ。そして事実がどうであったかに関わらず、それが記憶している人にとっての事実になってしまう怖さが如実に描かれている。

4つの短編の中で一番印象に残ったのはこの「パッとしない子」だ。小学校の教師は、生徒にとっては絶対的権力だ。この絶対的権力は、教師と生徒という関係だけに限らず、親になったときや、部下を持ったときなど、生活の中で自分も権力を手にする可能性があるのだ。そうなったとき、どのように振る舞うべきなのかを考えさせられた。

 

「ママ・はは」

ヒロちゃんが、スミちゃんの引越しの梱包の手伝いをしているときに見つけた成人式の写真をきっかけに始まる、制圧的なスミちゃんの母親に関する話だ。

大学生になり地元を離れ、社会人になり、親と距離を置いたことをきっかけに成人式の写真は、スミちゃんが望んだ通りの家族写真になっていた。

スミちゃんが言う「…そういうお母さんはきっとそのうちいなくなるよ」の意味とは?

母と娘の在り方はで繊細で難しい問題であり、女性であれば本作に身に覚えを少なからず感じるのではないだろうか。捉え方によっては、少し背筋が寒くなるスミちゃんの言葉の真意が今もわからない。「ママ・はは」は4つの短編の中で一番難しく、他3作とはテイストが異なりホラー要素があるように感じた。

 

「早穂とゆかり」

小学校時代、華やかでいつもクラスを仕切っていた早穂は現在地方紙でライターをしている。一方小学校時代は地味で、垢抜けず目立たなかった同級生、日比野ゆかりは現在塾経営が成功し一躍話題の人となっていた。早穂はゆかりにインタビューに行くことになるがそこで思わぬ復讐の仕打ちを受ける。

学校生活が苦手だった人にとっては、他人事として読み進められないのではないだろうか。実際わたしはどうしても、ゆかりに肩入れしてしまった。

人の価値観の軸は、人生で一番楽しかったときを基準に置かれやすいと思っているのだが、早穂の意識の時間軸が一貫して、小学校の頃から進んでいない点にぞっとした。でも、徹底的に早穂を叩きのめしたゆかりの時計も案外小学校の頃から進んでいないのかもしれない。根深い恨みは、今を輝く人の意識でさえも当時に引き戻してしまうのかもしれない。女同士の軋轢の根の深さや怖さを感じる一作。

 

まとめ

辻村 深月さんは教育学部を卒業されているためか学校生活をテーマにしたものが多い。そして、人間関係の描写の巧みさから、学校生活が苦手だった者にとっては他人事として読み済ますことができず少し苦しかった。テーマは重めだが、読みやすい文章でさらっと読める一冊だ。

 

噛みあわない会話と、ある過去について

噛みあわない会話と、ある過去について